神戸市兵庫区のフラワーアレンジメント教室の寺花屋

寺花屋は神戸市兵庫区で各種フラワーアレンジメントレッスンをお寺に併設して行っています。

藤之寺について

第四番札所 浄土宗 紫雲山 藤之寺 創建開山文安四年(1447年)
増上寺第三世音誉聖観大和尚が霊場拝念の意趣を持って諸国行脚に向かわれた時、兵庫津が宗祖法然上人と深い由縁の土地であることから特にこの地に留まり当地の豪族白藤彦七郎の帰依を受けて数多の党宇を建立し願海山迎接院西光寺とした。

豪族白藤氏(後に北風と改姓)は楠木氏の一族とともに湊川の戦いに死を持って国難に殉ぜんとしたが、楠木正成の七生報国による切なる希望と諌めにより僧に紛れ丹後の地に逃れて一時世を避け世が静まってから兵庫津に帰り、以来兵庫の豪家としてその名を世に響かせた。

当寺は北風家が改姓前の白藤と称する頃の宅地であった。堂の前に紫藤を植えたことにより俗に『藤の寺』と呼ばれた。
明治初年西光寺は廃寺となる。翌明治2年(1869年)七月に望月有成大和尚(1821-1913)が華頂宮博経親王の声掛けによって当寺を復興し、紫雲山藤の寺と寺号を改めた。
望月有成上人の弟子望月信亨大和尚はのちに浄土宗第82世知恩院門跡並びに浄土宗管長に推挙された。

昭和20年(1945年)三月、第二次世界大戦の末期に米軍の空襲により境内は全焼。昭和30年(1955年)望月信成上人が本堂を再興。昭和59年(1984年)嗣法の秀成上人が庫裏を再建、現在に至る。

藤之寺 住職
望月昭成


藤之寺(ふじのてら)は兵庫県神戸市兵庫区兵庫町にある浄土宗の仏教寺院です。

寺伝によると、もとは北風家が佐比江に神功皇后から賜った御手形を御霊として主神に、相殿に春日明神を祀る社を建立し、奉仕する社僧のいた真言宗西光院であったとあります。

のちに浄土宗の西光寺と改め、北風家の菩提寺であり、同家が白藤姓を名乗っていたことから俗に藤の寺とよばれるようになりました。

兵庫津の元禄5年(1692年)の「寺社改帳」では、文安4年(1447年)音誉勢観上人の開基とし、迎接院藤の寺といったとあります。

延宝の記録では、慶長19年(1614年)片桐且元の除地証文を得て西光寺と称したとあり、本寺のほかに子坊が7つもありましたが、のち退転して本寺だけとなったようです。

●明治元年(1868年)一時廃寺となる。
●明治2年(1869年)7月に再興を許されて藤之寺と改める。
●昭和20年(1945年)3月の神戸大空襲で全焼。
●昭和30年(1955年)本堂を再建。

■交通アクセス
JR神戸線神戸駅より、南西に徒歩11分。
JR神戸線兵庫駅より、北東に徒歩12分。

上記はウィキペディアによる抜粋

日本の神社・寺院検索サイト:「八百万の神」からのリンク